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◆避けねばならない”健保沈没”のシナリオ◆
現役世代と将来世代を守るため、
一刻も早い全世代対応型社会保障制度の構築を
国際医療福祉大学名誉教授 水巻 中正
※掲載内容については、2023年10月20日現在の情報に基づき構成しています。
保険料率を引き上げる組合が増加
1人当たり年間保険料は過去最高額に
少子高齢化の急速な進展と新型コロナウイルスの影響に伴い、健康保険組合を取り巻く環境は厳しい状況が続いています。日本の将来推計人口(令和5年推計)では、2043年に65歳以上の高齢者は約4000万人とピークに達する一方で総人口の減少は進み、2056年には1億人を割る見込みです。それを裏付けるように、2022年の出生数は80万人を割り過去最少と、今後も減少は避けられません。
健康保険組合連合会(健保連)が発表した「令和4年度 健康保険組合 決算見込状況」によると、加入する1383組合のうち、約4割の559組合で赤字という厳しい状況です。多くの組合で、高齢者医療への拠出金を保険料収入で補えておらず、高齢化の進展に伴い、今後もさらなる財政悪化が見込まれています。保険料率の引き上げに踏み切る組合も増え、被保険者1人当たりの年間保険料は、51万1696円と過去最高を更新する見込みです。
決算の内訳は、保険料収入が前年度比2.7%増の8兆4890億円、医療機関に支払う医療費等の保険給付費は同比5.7%増の4兆4903億円でした。高齢者医療制度への拠出金は、3兆4057億円と同比6.7%減少していますが、これは2020年度の拠出金の一部が、当時の新型コロナウイルス流行による受診控えで返還された一時的な要因とみられます。以上を踏まえて、2022年度の経常収支差引額では1365億円の黒字と見込んでいます。
一方、「令和5年度 健康保険組合 予算編成状況―早期集計結果(概要)について―」では、健保組合全体での経常収支は、予算ベースでは過去最悪の5600億円を超える赤字であり、全体の約8割の健保組合が赤字に陥っています。これは、新型コロナウイルス感染への懸念による受診控えの反動に加えて、2025年には団塊の世代がすべて後期高齢者となることにより、高齢者医療への拠出金が急増していることによるものとみられます。
課題は山積み
新たな局面を迎えている日本
こうしたなか、国会において「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」が2023年5月に可決、成立しました。具体的には、出産育児一時金を増額するとともに、高齢者にも応分の負担をしてもらい、後期高齢者の保険料率も見直されます。これまでの「負担は現役世代、給付は高齢者」という考えから、健康保険制度を全世代で支えていく方向性が打ち出されたと言え、評価できます。
日本経済は、長く続いてきたデフレ状況が物価高騰という新たな局面を迎えています。政府は働き方改革、賃金の引き上げに力を注いでいますが、このまま現役世代への過重な負担が続けば、健保組合の解散が相次ぎ、〝健保沈没〟になりかねないとの指摘もあります。全世代対応型社会保障制度の構築と皆保険制度の維持・発展は喫緊の課題であります。
かかりつけ医機能の発揮、医療DXの推進、マイナンバーカードと保険証の一体化等の難題が山積する今、発足して80年を超える健保連の奮起が求められています。